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blog by M.Maeda

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当事者としての意識

日本では死刑存続を支持する人が多いという。

死刑制度に関する議論は、感情論になってはいけないと思う。人が殺された、憎い。だから殺したやつを殺す、というのでは単純すぎる。

そもそも死刑制度は、人は間違い得るという大前提を無視している。逆にいえば無実の罪で死刑になる可能性を肯定している。

死刑制度廃止論は、キレイ事だという意見を耳にした。憎しみを晴らすための汚い「殺す」という部分を、国が担わなければいけないと。でも、「国」が殺す、ということは、「私」が殺すということで、「あなた」が殺す、ということだ。日本国民であれば1人も洩れずに「殺す」という行為の当事者。私たちの代表として、死刑執行する人がいる、ということを思いださなければいけない。「人を殺す」ことが仕事である人が、いるということ。そしてその人は、私だしあなただ。




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